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前橋地方裁判所 昭和45年(ワ)247号 判決 1974年3月27日

原告 池田秀広

右訴訟代理人弁護士 金井厚二

被告 平田プレス工業株式会社

右代表者代表取締役 平田勇

右訴訟代理人弁護士 太田真人

主文

一、被告は原告に対し、金一七一万七、〇〇〇円及びこれに対する昭和四五年九月六日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四、この判決は右一項に限り仮りに執行することができる。

事実

(甲)  申立

(原告)

被告は原告に対し金二〇〇万円及びこれに対する昭和四三年六月七日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決、並びに仮執行の宣言を求める。

(被告)

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求め、予備的に仮執行免脱の宣言を求める。

≪以下事実省略≫

理由

第一  昭和四三年四月一九日原告は被告会社に入社し、以来被告会社前橋製作所内でプレス作業に従事し、同年六月六日現在では本件プレス機による鉄製のプレス作業に従事していたものであること、並びに原告主張日時場所で原告が本件プレス機によって左手切断の傷害を受けた事故が発生したことは当事者間に争がなく、右は原告が同年夏の国家公務員試験受験までの間に限ったいわゆるアルバイトとして勤務していたものであることは原告本人尋問の結果によって認められるところである。

第二  一、ところで、原告は雇傭契約ないし労働契約には使用者の安全保護義務が認められるべきであり、被告がこの義務に違反して本件事故を惹起させたのであるから、被告は原告に対しこれによって生じた損害を賠償する責任があると主張するのである。

二、惟うに、憲法第二五条第一項にはすべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有すると規定し、生存又は生活のため必要な諸条件の確保を要求する生存権を保障しているところ、その程度は労働に従事しているものにとってはその労働の再生産性に必要な諸条件が確保されなくてはならないとされている。そしてこれは憲法第二七条、更には労働基準法第一条によって具体的に労働権の保障としてあらわれる。もとより右憲法第二五条第二項第二七条及び労働基準法第一条は直接具体的な契約当事者の権利義務を定めたものではないけれども、右に基き労働基準法は更に労働者が労務の提供をなす作業場などの安全衛生施設などを整備し、労働者の生命身体の安全を保障し、その健康を守るための配慮をなすことは労働条件の重要な内容をなすものとし、昭和四七年法律第五七号改正前の同法第五章安全及び衛生の章に使用者に遵守すべき大綱を定め、その附属法規として労働安全衛生規則等を定め、行政監督と命令違反に対する刑事罰を以てその実効を期している。

ところで、労働契約は基本的には労働者が使用者に対して労務に服すことを約し、これに対して使用者が報酬を支払うことを約す双務有償契約であるが、労働者は使用者の指揮に服しその指定した労務給付場所に配置され、使用者の提供する設備、機械、器員等を用いて労務供給を行うものであり且つ信義を守るべき義務があるから、これに対応し右労務契約に含まれる使用者の義務は単に右報酬支払義務に尽きるものではなく、右の諸施設から生ずる危険が労働者に及ばないように労働者の安全を保護するし義務も含まれているものといわなければならない。けだし、右のように労働基準法等が安全及び衛生について使用者の遵守すべき事項を定めたのは、もとより直接には国に対する公法上の義務というべきであるが、使用者が右義務を尽さなければならないことは、更には労働者としても充分生命身体に危険が生ぜず安全に就労しうることを期待して労働契約を締結するものであり、且つ使用者としても右のような安全を労働者に対して保証したものとみるのが相当であるからである。

三、(一) 被告は右安全保証義務は労働基準法第五章ないし労働安全衛生規則等の基準を遵守している限りその違反を問われることはないと主張するが、右の諸規定は右基準に達しないときは刑事罰を科せられるという取締法規の面でいえることであって最低基準であるところ、右安全保証義務はこれに尽きるものではなく、労働基準法第一条第二項に労働関係の当事者はこの基準を理由として労働条件を低下させてはならないことはもとより、その向上を図るように努めなければならないとし、更に安全及び衛生についてもその実効を期し、又当事者も相互にこれを期待するものであって、労働者の安全に就労しうるという右一の期待には変りがないというべきであるから、被告の右反論は理由がない。

(二) 被告は雇傭契約上使用者に安全保証義務を認めるべき根拠はないと主張する。しかし、右民法上の雇傭契約ですら契約当事者間に人の人格と切り離せない関係が存在し、且つ継続的な契約関係であることから、その関係は契約締結時のみならずその存続中も信義誠実の原則に従って規整されるべく、従って使用者について被使用者に対する安全保証義務を認めるべき要請が高くなっている以上、いわんや労使の実質的平等を目的とする労働法上の労働契約について右のような安全保証義務を認めることは当然の事理といわなければならない。

(三) 試みに、人の運送を目的とする旅客運送契約につき、商法第五九〇条第一項は旅客が運送のため受けた損害につき無過失の主張立証責任を旅客運送人に課しているのであり(いわんや、物品の運送についても同法第五七七条に同趣旨の規定がある)、同じく人の身体と切り離せない契約である労働契約も右のように解しないときはこれとの均衡を失することになるのである。

四 かくして、使用者が右安全保証義務に違反したかどうかの立証責任は債務不履行の一般原則に従い被告に帰属するということになる。

しかしながら、右使用者の安全保証義務も義務履行の可能性を前提とするから、これが不可能である場合、即ち事故が事故発生の予見可能性とその結果回避可能性もない不可抗力等によって生じた場合には使用者の債務不履行の責任は免責されるというべきである。けだし、右の場合にまで使用者にその責任を問うことは酷であるからである。

第三  そこで、果して被告において右安全保証義務を尽したかどうか判断する。

一、≪証拠省略≫によれば、

(一)  本件プレス機は被告会社において昭和四三年二月ごろ購入した極東工業株式会社製三〇〇トンストレートサイドダブルクランクプレス機であって、該プレス機は上型と下型とから成り、下型の上においた金属板を上型で圧填して製品を作るものであること、クラッチ及びブレーキはフリクション式であって、又右プレス機の作動スイッチには一行程、寸動、連続の三種があり、一行程はスイッチを入れるとスライド部分が上死点から下降を始めて下死点に至り、そこから上昇に転じ再び上死点に至って停止するものであり、寸動の場合はスイッチを入れている間だけ作動し、スイッチを切ればそこで停止するものであり、連続の場合は一旦スイッチを入れると以降停止ボタンを押すまでスライド部分が上死点から下死点までの間の上下往復運動を際限なく繰返すものであること、なお、右一行程、連続の場合でも停止ボタンを押すか、選択スイッチを他の位置へ廻しても停止するものであること。

(二)  昭和四三年六月六日現在右プレス機の前後両側には小森安全機研究所製の二一〇ミリメートルの幅の五光連安全機が床より一、一〇〇ミリメートルの高さに設置されており、これは投光器より発した光を受光器が受け、これが電気リレーの接点の役目をし、もし何物かによって光線が一光の三分の一でも遮られる場合には電気リレーが切断され電流が流れず右プレス機を停止させる仕組となっていること。

(三)  本件プレス機の電気系統図は別紙図面のとおりであって、安全機は同図面※印の箇所に設けられ、又寸動には一電気回路を、連続は二電気回路を使用するのであるが、一行程は三電気回路全てを使用するものであること。

が各認められ、これに反する証拠はない。

二、さて、≪証拠省略≫によると、昭和四三年六月六日午前一一時三〇分ごろ本件プレス機において作業に従事していた者は訴外新井富世(同機械の責任者でスイッチ担当者)、同唐司勝右衛門、同斉木時男の四名であって、同プレス機前部左側に訴外唐司勝右衛門、右側に訴外新井富世、後部左側に原告、右側に訴外斉木時男が位置し、当時トランクフロアホルスターなる自動車部品加工作業を行っていたが、右作業はまず右新井において鉄板を右プレス機のベッド部へ置き、一行程のもとに同訴外人においてスイッチを押して(当時足で踏むようになっていた)成型し、これを右唐司が対面の原告又は訴外斉木に渡しつつ二回目の型の上に置き、再度一行程のもとに訴外新井がスイッチを押して穴をあけるものであったこと、原告は右のような工程のもとに右唐司よりプレス成型を受け取りつつ二回目の型の上へ置いたが、その際右成型にはプレス屑がプレス機との間にあるのを発見したので、これを取除くべく、原告は右手で安全機をおおいながら左手で右プレス屑を取り除こうとしたが及ばないので、改めて右手を安全機より外し、これにドライバーを所持してプレス成型を少し持ち上げ、左手で右プレス屑を取り除こうとしたところ既に一行程を終え下降する筈のない上型が下降してきたので、原告においてあわてて左手を引っ込め危険を避けようとしたが間に合わず、自己の左手をひじ関節から一七センチメートルの箇所で切断させる結果となったことが認められる。

被告は原告が殊更に不自然に低い姿勢でその動作を行ったものであるから安全機が作動しなかったと主張し、又証人細野惟夫は自分はプレス第一班長であって本件事故当日午前八時三〇分まで訴外斉木時男にプレス成型をプレス機からとり出す作業を命じ、原告には同訴外人より成型を受取りパレットに入れる補助的作業をさせており、その後はプレス機の脇に積んである自動車部品をパレットに積込む作業を命じていたと供述するが、いずれもそのように命じられた形跡もなく、そもそも訴外斉木時男は午前一〇時までは右プレス機より成型をとり出す作業をしており原告がその補助作業をしていたが、休憩後は原告がこれに代ったものであって、これは同訴外人が本件事故前よりプレス作業中目の上の切創を受けていた為、作業は原告と同訴外人とで交代でこれを行っていたものである旨の原告の供述に照らして証人細野惟夫の右供述はにわかに措信することができず、他に原告本人尋問の結果、検証の結果によるも原告がプレス屑を取り出す際に格別に不自然な姿勢をとっていたことを認めるには足りない。

三、(一) ところで、≪証拠省略≫によると、本件プレス機の説明書には、(1)各部点検整備、(2)空気圧が所定の圧力迄上がっているかどうか。(3)各弁の開閉に間違いはないか。(4)共同作業者との連絡を付ける。(5)電気系統の点検、(6)作業中は異変音や運転状態に注意し異常を感じたら無理をしないで作業を中止し、点模をしなければならない。(7)作業終了後は又各部を点検し清掃を行い、シリンダーやタンク内の空気を排除しておく、等の作業順序が説明されていることが認められる。

(二)(1) 又≪証拠省略≫によれば、原告が被告会社入社後一ヶ月を経た昭和四三年五月一八日被告会社プレス課で午後四時より三〇分に亘って安全懇談会が行なわれ、(ⅰ)二度落ちの主要の原因としては、(イ)クラッチペタルが軽すぎる時、(ロ)クラッチ回転部が摩耗している時、(ハ)ブレーキが弛みすぎている時、(ニ)フライホイルにシャフトが焼きついた時、(ホ)クラッチペタルの上に足を乗せていた時、であるから、(ⅱ)(イ)作業前必らず注油をすることの他、(ロ)スイッチを確実に入れ確実に切れ、(ハ)機械の故障の場合スイッチを切り停止してから処置する、(ニ)フライホイルの回転を急速に止める為手で押えるな、(ホ)加工部品の出し入れには必らず安全用具を使用する、(ヘ)作業中脇見雑談はしない、(ト)型の刃には時々油を塗れ、(チ)停止中のペタルを絶対に踏むな、(リ)停電の場合は直ちにスイッチを切る、等の説明がなされたこと、が各認められる。

(2) ついで、≪証拠省略≫によれば、同じく同年五月二五日午後四時より四〇分に亘って、(ⅰ)毎日作業前に、(イ)クラッチの作動は安全か、(ロ)二度落ちはしないか、(ハ)スライドのゆるみはないか、(ニ)各部に油が入っているか、(ホ)安全路は正しく作動するか、等の点検を行うこと、並びに(ⅱ)毎週一回、(イ)プレスベッドの締付ボルト基礎ボルト、(ロ)シャフトのナット、(ハ)ブレーキのナットの各ゆるみを点検する等の遵守事項を定めたこと、が各認められる。

四、本件事故前日の残業時、本件プレス機においていわゆる二度落ち現象が生じたことは当事者間に争がなく、又本件事故当日の午前一〇時一〇分ごろ(即ち休憩直後)右プレス機のヒューズが飛び作動を停止したことが≪証拠省略≫によって認められる。

五、そこで、右一ないし四を綜合して考えるに、前記一(三)記載のとおり本件プレス機の一行程は三電気回路全てを使用するものであって、連続行程は二電気回路を用いるものであるから、若し一行程の積りでスイッチを押してもこれが確実に入らぬ場合には一電気回路が稼働せず、結果として連続工程として作動する場合も考えられないではなく(従って前記第三項二の当時の足踏み式スイッチでは注意がとかく途切れ勝ちとなるので妥当を欠く)、又、当時前記第三項一(二)記載のとおり本件プレス機には地上より一、一〇〇ミリメートルの高さに五光連安全機が設けられてはいるがこれ丈の高さではとかく作業者において不自然な姿勢をとらず作業してみても右安全機の死角に入る場合も考えられないではなく、これらについては被告会社技術主任である訴外山田昭雄において本件事故前日のいわゆる二度落ちの際ソレノイドバルブ内部電磁コイルのレアショートなる原因を突きとめてこれを取替えた、本件事故当日始業前本件プレス機を約二〇回位試動させてみて異常を認めなかった旨証人山田昭雄、同牛込義貞は各供述し、又前記三(二)記載の安全教育も過去施しこれも大切ではあるが、これらを以てしても右考えられる事柄までの瑕疵の検査には至らず、しかも被告会社としては右考慮される事柄について本件のような事故が発生しないよう然るべき措置を採ることが可能であったから(現に前橋労働基準監督署において、安全機の取付について死角のないよう再点検すること、プレスの作動スイッチは共同作業の場合全員がスイッチを押さねば作動しない方式をとることなどの監督指導が行われていることが≪証拠省略≫によって認められるのである)、被告において、前記安全保証義務を尽したかどうか疑問であるといわざるを得ず、又被告の不可抗力の抗弁も成り立ち得ないといわなければならない。

すると、被告は債務不履行に基き、原告に対し本件事故によって生じた原告の損害を賠償する責任があるといわなければならない。

第四  しかしながら、本件事故の模様状況は前記第三項二記載のとおりであるが、凡そ危険な業務に従事する者は同項三(一)(4)及び(二)(1)(ⅱ)(ホ)記載のような注意をすべきであることはいうまでもなく、原告においても他の共同作業者である訴外新井富世、同唐司勝右衛門、同斉木時男に何ら連絡することなく、一旦安全機をおおっていた右手を離し両手を用いてプレス屑を取り除こうとしたことが≪証拠省略≫によって認められるけれども、前記第一項、第三項一(二)記載のとおり原告はたかだか入社後三ヶ月を経過したにすぎないいわゆるアルバイトであり、プレス工に関しては未経験者であって、且つ本件プレス機には安全機が設置されていたから仮りに共同作業者と連絡しなかったとしても、前記第三項二記載のとおり原告において極端に不自然な姿勢で作業を行った形跡が認められない限り、右安全機の作動によってプレス機の上型が落下することは予測し難い事態であったというべく、従って本件については過失相殺の余地はない。

第五  そこで、つぎに原告の損害額について検討する。

一、≪証拠省略≫によると、原告は本件事故により労働基準法施行規則別表第二の第五級第二号に該当する傷害を受け、生涯不具者として日常茶飯事はもとより物の持ち運び、力仕事ないし細い仕事に不便であってその精神的苦痛は大きいことが認められ、これを金銭に見積ると右慰藉料の額は原告の主張する金二〇〇万円は相当である。

二、≪証拠省略≫によると、被告は会社規程による見舞金として金一四万三、〇〇〇円を原告に対し支払っていること、並びに原告は昭和四四年四月群馬県庁に公務員として就職しているところ、これに至るまで被告会社は給料相当休業補償金として金二三万二、四七八円を支給していること、しかしながら原告の給料は日給金一、二〇〇円であって、原告は昭和四三年七月の公務員試験受験までの間アルバイトとして被告会社で稼働することになっていたことが認められるところ、右見舞金はその額の程度により社会通念上好意的儀礼的に交付される限度を超えるものというべく、従って慰藉料の実質を有するものとして、右一の慰藉料算定についてこれを斟酌すべく、又、右給料相当休業補償金のうち被告の主張するように少くとも金一四万円は原告においてこれを給料として受領する理由なく右慰藉料算定についてこれを斟酌すべきものと考える。

右の他、被告は見舞品として金二万五、三一〇円相当の品物を原告に給付し、更に原告は労災保険より治療費相当額といわゆる労災年金を受給していて、これらについても慰藉料算定に斟酌されるべきであると主張しこれに副う証拠もあるが、右見舞品は被告会社において社会通念上好意的に原告に交付されたものと看るべく、又、労働者災害補償保険法に基く損失補償は、労働者の事故に基く財産的損害の補償(同法第一二条第一項参照)であって、本訴のような労働者の精神的損害の補償を含まないから、相互に相補うものではなく、これらを右慰藉料算定につき斟酌することは妥当でないというべきである。

第六  よって、被告は原告に対し右第五項一より二を控除した金一七一万七、〇〇〇円及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和四五年九月六日(債務不履行に基く損害賠償請求権は期限の定めのない債権であるから民法第四一二条第三項に従い催告によって遅滞に陥いるというべく、且つ原告の主張は予備的に本訴状送達によって原告が右の催告をしたと解することができるところ、右訴状送達の翌日が昭和四五年九月六日であることは一件記録上明らかである。従って、原告の右催告までの遅延損害金の支払を求める部分は理由がない)から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をする義務があるので、原告の本訴請求は右の限度でこれを認容することとし、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法第九二条本文第八九条を、原告勝訴部分の仮執行宣言につき同法第一九六条を各適用のうえ、主文のとおり判決する。

(裁判官 宗哲朗)

<以下省略>

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